Foreign Language Correction

『金閣寺』金閣寺を燃やした理由について

26 Oct 2022 (UTC)
#0 リター [EDgAFCk]
Profile
Gender / Age
Female / 20-24
Home country
Mainland China
Live in
Mainland China
Languages
Japanese
English
Last updated 26 Oct 2022 (UTC)
Message
メールアドレス:1354747959@qq.com
非常感谢大家的帮助!请多指教!
Language to correct
Japanese
Text to correct
 先日、三島由紀夫の『金閣寺』を読み終えたばかりで、それからこの小説はずっと頭から離れなかった。主人公の溝口が一歩一歩闇に堕ち、ついに金閣寺を燃やした理由はいったい何なのだろうかと、この問いに考えを巡らせずにはいられない。
 小説の筋書きを見ただけで、この放火を行った少年はそれほどひどい扱いを受けたわけでもないと思う。生まれつきの吃音症だが、吃音が特に大きな欠陥ではなく、溝口はまともな教育を受ける能力を持っている。溝口の父が亡くなった後、金閣寺の住職は溝口を引き取り、溝口に学費と生活費を与え、大学に行かせた。努力すれば、将来寺の住職になれる可能性すらある。彼は明るい方向へ歩けば、いい暮らしができるはずなのに、結局、いろんな事情で悪の淵に落ちてしまった。私から見れば、彼が金閣寺を燃やした理由は、彼の美に対する幻想の破滅と長い間抑圧された内的世界と繋がっていると考えられる。
 溝口の美に対する幻想は、彼の初恋の有為子と金閣寺から生まれると考える。溝口は有為子が好きで、勇気を出して有為子に告白したが、有為子に断れた。その後、憲兵たちが有為子の恋人である脱走兵を追うとき、溝口は有為子が恋人を裏切ることを望んでいた。もし有為子がそうしたら、彼女は臆病で卑劣で、軽蔑すべきところのある人間だと証明されるからだ。彼女の美しさの中に不健全なものがあるとすれば、醜い自分と一歩近づいたことに等しいのではないかと。同じように、溝口は金閣寺の美しさに深く心を打たれた。金閣寺ほど美しいものはこの世にないと感じた。しかし、美しいものは永遠に続くのにひきかえ、個人の命は儚いものである。永遠に存在する金閣寺は、幾度となく他人に所有する運命になるだろう。したがって、美を破壊することによって初めてその美を独占し、その美を成就することができる。なので、溝口は何度ても金閣寺が戦火に見舞われることを願っていた。金閣寺の力を弱めば、自分も金閣寺のそばにすんなりと立つことができるだろうと。しかし、有為子は恋人を裏切らず、金閣寺も戦争に見舞われることがなかった。破壊することで美に近づくという溝口の願いは、結局叶わなかった。それどころか、その美しさは再び彼の醜さを映し出し、彼の人間としての尊厳を奪ってしまうのだ。
 溝口の長年抑圧された内的世界は、彼の家族と関わっていると思う。ある夜、溝口は母が下宿人と浮気しているところを目撃してしまった。だがその時、寝たふりをした父親が、手で溝口の目を覆った。その夜、父と母のイメージが崩れた。溝口の抑圧された心は、彼を彼の生まれ育ったこの偽りの環境と切り離すことができないと考える。
 溝口の抑圧された内なる世界は、金閣寺の住職である彼の老師にも関わっていると思われる。ある日、溝口は雑踏の中で、女を連れて歩く老師に偶然、行き会った。尾行されたと誤解した老師は溝口を叱咤した。しかし翌日に呼び出しもなく、溝口には釈明の機会もなかった。その後も無言の放任が続き、溝口を苦しませた。以前、溝口が米兵に命令され娼婦を踏みつけ、後で女からゆすられた時も老師はなぜか溝口を不問に附していた。溝口は老師を試そうと、愛人の芸妓の写真を、老師が読む朝刊にはさみ、憎しみを誘うことで老師との対峙を待っただが、写真は無言で溝口の机に戻された。
 金閣寺と溝口の運命は老師に支配された。溝口にとって老師は真に権威のある父親であるのに、その父親は、善悪の狭間で揺れ動く溝口を黙って何もせずに見ていた。溝口の悪癖を直すことも止めることもせず、ただ傍観者の視点から溝口の価値を測り、溝口が寺を相続する資格があるかどうかを評価した。溝口は老師の沈黙によって極限まで抑圧され、堕落することでに自らを麻痺させるしかなかった。結局、悪の道へどんどんいってしまうことになったのだ。
 作品の中に、両親、住職など人の影響によって、卑屈でひねくれて自己憐憫に満ちた青年のイメージが現れた。溝口は自分の期待と自分の人生と矛盾することを知っているので、真の究極の美しさを追求するために、金閣寺を破壊した。それと同時に、彼の抑圧された感情が、燃え盛る金閣寺の中で大きく解放されるのである。
 作品の中に、両親、住職など人の影響によって、卑屈でひねくれて自己憐憫に満ちた青年のイメージが現れた。溝口は自分の期待と自分の人生と矛盾することを知っているので、真の究極の美しさを追求するために、金閣寺を破壊したのだろう。それと同時に、彼の抑圧された感情が、燃え盛る金閣寺の中で大きく解放されるのである。
 溝口は「人に理解されないということが唯一の誇りになっていた」と言っていたが、金閣寺を読むたくさんの人々は、溝口のことを理解しようとしたのではないかと私は思う。
#1 Deleted user [KJVHlZg]
我只看了一点你的文章,是非常好的日语。因为很长,所以以后慢慢读再修改。
但是,我觉得你的文章就像是日本人写的文章,虽然有点错字漏字,但是意思很普通。
虽然我没有读过“金阁寺”,但是很了解故事的内容,是一篇优秀的感想文。
27 Oct 2022 (UTC)
#2 リター [EDgAFCk]
非常感谢你的点评!感觉有了点自信哈哈哈 你的故事看起来也很棒,加油哦!
27 Oct 2022 (UTC)
#3 Deleted user [KJVHlZg]
 先日、三島由紀夫の『金閣寺』を読み終えたばかりで、それからこの小説はずっと頭から離れなかった。
主人公の溝口が一歩一歩闇に堕ち、ついに金閣寺を燃やした理由はいったい何なのだろうかと、この問いに考えを巡らせずにはいられない。
 小説の筋書きを見ただけで、この放火を行った少年はそれほどひどい扱いを受けたわけでもないと思う。
生まれつきの吃音症だが、吃音が特に大きな欠陥ではなく、溝口はまともな教育を受ける能力を持っている。
溝口の父が亡くなった後、金閣寺の住職は溝口を引き取り、溝口に学費と生活費を与え、大学に行かせた。
努力すれば、将来寺の住職になれる可能性すらある。
彼は明るい方向へ歩けば、いい暮らしができるはずなのに、結局、いろんな事情で悪の淵に落ちてしまった。
私から見れば、彼が金閣寺を燃やした理由は、彼の美に対する幻想の破滅と長い間抑圧された内的世界と繋がっていると考えられる。
 溝口の美に対する幻想は、彼の初恋の有為子と金閣寺から生まれると考える。
溝口は有為子が好きで、勇気を出して有為子に告白したが、有為子に断れた。
その後、憲兵たちが有為子の恋人である脱走兵を追うとき、溝口は有為子が恋人を裏切ることを望んでいた。
もし有為子がそうしたら、彼女は臆病で卑劣で、軽蔑すべきところのある人間だと証明されるからだ。
彼女の美しさの中に不健全なものがあるとすれば、醜い自分と一歩近づいたことに等しいのではないかと。
同じように、溝口は金閣寺の美しさに深く心を打たれた。
金閣寺ほど美しいものはこの世にないと感じた。
しかし、美しいものは永遠に続くのにひきかえ、個人の命は儚いものである。
永遠に存在する金閣寺は、幾度となく他人に所有する運命になるだろう。
したがって、美を破壊することによって初めてその美を独占し、その美を成就することができる。
なので、溝口は何度も金閣寺が戦火に見舞われることを願っていた。
金閣寺の力を弱めば、自分も金閣寺のそばにすんなりと立つことができるだろうと。
しかし、有為子は恋人を裏切らず、金閣寺も戦争に見舞われることがなかった。
破壊することで美に近づくという溝口の願いは、結局叶わなかった。
それどころか、その美しさは再び彼の醜さを映し出し、彼の人間としての尊厳を奪ってしまうのだ。
 溝口の長年抑圧された内的世界は、彼の家族と関わっていると思う。
ある夜、溝口は母が下宿人と浮気しているところを目撃してしまった。
だがその時、寝たふりをした父親が、手で溝口の目を覆った。
その夜、父と母のイメージが崩れた。
溝口の抑圧された心は、彼を彼の生まれ育ったこの偽りの環境と切り離すことができないと考える。
 溝口の抑圧された内なる世界は、金閣寺の住職である彼の老師にも関わっていると思われる。
ある日、溝口は雑踏の中で、女を連れて歩く老師に偶然、行き会った。
尾行されたと誤解した老師は溝口を叱咤した。
しかし翌日に呼び出しもなく、溝口には釈明の機会もなかった。
その後も無言の放任が続き、溝口を苦しませた。
以前、溝口が米兵に命令され娼婦を踏みつけ、後で女からゆすられた時も老師はなぜか溝口を不問に附していた。
溝口は老師を試そうと、愛人の芸妓の写真を、老師が読む朝刊にはさみ、憎しみを誘うことで老師との対峙を待っただが、写真は無言で溝口の机に戻された。
 金閣寺と溝口の運命は老師に支配された。
溝口にとって老師は真に権威のある父親であるのに、その父親は、善悪の狭間で揺れ動く溝口を黙って何もせずに見ていた。
溝口の悪癖を直すことも止めることもせず、ただ傍観者の視点から溝口の価値を測り、溝口が寺を相続する資格があるかどうかを評価した。
溝口は老師の沈黙によって極限まで抑圧され、堕落することでに自らを麻痺させるしかなかった。
結局、悪の道へどんどんいってしまうことになったのだ。
 作品の中に、両親、住職など人の影響によって、卑屈でひねくれて自己憐憫に満ちた青年のイメージが現れた。
溝口は自分の期待と自分の人生と矛盾することを知っているので、真の究極の美しさを追求するために、金閣寺を破壊した。
それと同時に、彼の抑圧された感情が、燃え盛る金閣寺の中で大きく解放されるのである。
 作品の中に、両親、住職など人の影響によって、卑屈でひねくれて自己憐憫に満ちた青年のイメージが現れた。
溝口は自分の期待と自分の人生と矛盾することを知っているので、真の究極の美しさを追求するために、金閣寺を破壊したのだろう。
それと同時に、彼の抑圧された感情が、燃え盛る金閣寺の中で大きく解放されるのである。
 溝口は「人に理解されないということが唯一の誇りになっていた」と言っていたが、金閣寺を読むたくさんの人々は、溝口のことを理解しようとしたのではないかと私は思う。
Corrected No problem
27 Oct 2022 (UTC)
Now Loading...